乾燥材にまつわる話
★材木は1年ぐらい前に切って、乾くまで山に置きます。木は切る時期がありますからね。秋口から春の2月いっぱいくらい。昔はそれしか杉の木を切りません。今はいつでも切っていますが、虫がつくね。昔は春の彼岸から秋の彼岸までの間は切んなかったです。
木は、根切りしたまま置いておく。元の方は枝があるとがさばるから落とすけど、うら(先)の葉は揉んでくっつけておく、枝がくっつかってると水を吸い上げて乾きが早いんでね。そうして半年ぐらいおく。2月ころ切ったやつつうと、夏場六、七月のころやっと軽くなりますから。
〔原田紀子著 西岡常一と語る木の家は3案百年 第1章昔の大工は設計から山出し、製材、施工までなんでもやった(松本菊男さん)から〕
★新月伐採、葉枯らしの木でつくる家。という家造りはどうやら日本にも古くから有ったようです。住宅の外材依存とハウスメーカー依存はこれからも続くでしょうが、山持ちでは無くとも、住む人の目に見えるかたちで木材などの建築材料が流通に乗り、住む人が木材を理解し、確認した家造りが動き始めているのは良いことです。
「何年も寝かせた木を現場に持ってったらさ、なんでこんなものを使うのか、って、すごい勢いで怒られちゃった。割れもなく乾燥してて、磨けば良い材なんだけどよ。」と、大工の先輩がなげくのを聞いたことがことがあります。せめて一度プレーナーに通して現場に持ち込むか、挽きたての未乾燥材で木の香りがムンムンしたのを使ってあげれば喜ばれたのかもしれません。昔ながらの造りは棟上以後にも乾燥に気を配っていました。その分工期は長くなります。
★奈良県吉野川流域は杉材の産地で、古くから木材取引が行われていた先進林業地として有名です。吉野のいく林技術を記した明治時代の書物に、「スギは夏の土用の時期に伐採し、枝葉の付いたまま小木は三十日あまり、大木は三ヶ月経たるのち丸太に造材刷るのがよい」という記述があります。主に人力が頼みの綱であった当時、樹木を丸太にして山中から運び出すことは用易ではありませんでした。伐採直後の杉丸太直径三十センチ長さ四メートルは三百キロを超える重さがあり、意外にも全体の半分以上は水の重さで占められているのです。吉野地方で慣行的に行われていた林内放置は伐採後も蒸散がしばらく続くことを利用して丸太を軽くさせる目的があったと考えられます。(遠藤周逸氏)