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2X4 2X6  | ティンバーフレーム  ログハウス

『この家は釘を一本も使ってないのですよ』築2百年というイギリスのハーフティンバーハウスを案内してくれた現在の住人はそう言うのでした.木組みの家に伝わる釘伝説への思い入れは洋の東西を問わないようです.在来工法もティバーフレームも詳細は違うものの木造軸組、柱と梁による構造であるという点だけで言えば違いは無い.


 ハーフティンバー (英)
   コロンバージュ
仏)

20世紀2度の大戦の戦禍に遭遇せずに残った建物。柱や梁、斜め材などの構造材の間をレンガや漆喰で埋めた建物。中世までに建てられた高い天井の教会や宮殿、劇場、風車等の大きな建築物の基本構造にもティンバーフレームが使用されていた。
 工事期間の短く部屋の広さに限界のある2X4が主流となっていたアメリカで、広い居住空間をつくれる軸組工法が見直され初めなのが1970年代に入った頃のこと.主流はヨーロッパのフレームの間をレンガや土で埋めるのではなく、柱を外に現さず、100mm厚のウレタンフォームを構造用合板やOSB(ウエハーボード)でサンドイッチにしたパネルで覆うかたち建築され、室内に現れる力強いフレームの魅力とその耐久性が再認識されています。


ツーバイフォー

ケープゴッドスタイル

アメリカン住宅2X4工法のなかで最もシンプルな造りで、ログハウスでは屋根の形状は違うものの1階平屋に屋根梁構造の屋根を乗せることで小屋裏空間を最大限に活用出来る。枠組壁工法なので在来工法とは基本的な構造が違います。プランニングにあたってはその特徴をよく理解して取り組んでください。


      ログハウス
     
フィンランド ログ

日本で1986年に技術基準が告示され、一般工法としてオープン化されてされました。丸太のままを使うフルログ、D型や角型、丸太型に機械加工したマシーンカットログに大別されます。いずれにしても、ノッチとダボあるいは通しボルトで固定した壁構造です。2X4工法同様プランニングの際はその特徴に注意をが必要で、簡単に耐力壁を取り外すことは出来ません。無理に広い空間を作るのと強度が著しく低くなります。セトリングを考慮すると、妻壁をログで構成する場合は特に注意が必要です。


  旧渋谷家住宅
  (山形県鶴岡市)

  文政5年(1822年築) 昭和40年(1965年)に致道博物館へ移築。
 湯殿山の麓、庄内と山形地方を結ぶ六十里越街道沿いに集落をなす田麦俣は、11月に降った雪が翌年の5月まで消えないという全国でも有数の豪雪地帯 。 構造は上屋柱と下屋柱からなり、小屋はさす組、軒はせがい造りとなっています。
藁葺き屋根は囲炉裏で薪を焚かなくなったので少々耐久性が短くなったといいます。

 乾燥材にまつわる話
★材木は1年ぐらい前に切って、乾くまで山に置きます。木は切る時期がありますからね。秋口から春の2月いっぱいくらい。昔はそれしか杉の木を切りません。今はいつでも切っていますが、虫がつくね。昔は春の彼岸から秋の彼岸までの間は切んなかったです。
 木は、根切りしたまま置いておく。元の方は枝があるとがさばるから落とすけど、うら(先)の葉は揉んでくっつけておく、枝がくっつかってると水を吸い上げて乾きが早いんでね。そうして半年ぐらいおく。2月ころ切ったやつつうと、夏場六、七月のころやっと軽くなりますから。  
〔原田紀子著 西岡常一と語る木の家は3案百年 第1章昔の大工は設計から山出し、製材、施工までなんでもやった(松本菊男さん)から〕


★新月伐採、葉枯らしの木でつくる家。という家造りはどうやら日本にも古くから有ったようです。住宅の外材依存とハウスメーカー依存はこれからも続くでしょうが、山持ちでは無くとも、住む人の目に見えるかたちで木材などの建築材料が流通に乗り、住む人が木材を理解し、確認した家造りが動き始めているのは良いことです。
 「何年も寝かせた木を現場に持ってったらさ、なんでこんなものを使うのか、って、すごい勢いで怒られちゃった。割れもなく乾燥してて、磨けば良い材なんだけどよ。」と、大工の先輩がなげくのを聞いたことがことがあります。せめて一度プレーナーに通して現場に持ち込むか、挽きたての未乾燥材で木の香りがムンムンしたのを使ってあげれば喜ばれたのかもしれません。昔ながらの造りは棟上以後にも乾燥に気を配っていました。その分工期は長くなります。

★奈良県吉野川流域は杉材の産地で、古くから木材取引が行われていた先進林業地として有名です。吉野のいく林技術を記した明治時代の書物に、「スギは夏の土用の時期に伐採し、枝葉の付いたまま小木は三十日あまり、大木は三ヶ月経たるのち丸太に造材刷るのがよい」という記述があります。主に人力が頼みの綱であった当時、樹木を丸太にして山中から運び出すことは用易ではありませんでした。伐採直後の杉丸太直径三十センチ長さ四メートルは三百キロを超える重さがあり、意外にも全体の半分以上は水の重さで占められているのです。吉野地方で慣行的に行われていた林内放置は伐採後も蒸散がしばらく続くことを利用して丸太を軽くさせる目的があったと考えられます。(遠藤周逸氏)

 


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